東京にしっかりと足を付けて、朴訥としたリリックとスタンスで活動している仙人掌。
ISSUGI、M r .PUGとMONJUを構成し、その職人肌なリリシズムと自然体な佇まいから多くの客演で存在感を示しており、業界からも支持の厚い日本語ラップ界の重要人物です。
今回はそんな仙人掌の経歴やおすすめ音源についてDigって行きましょう。
仙人掌のプロフィール
MCネーム | 仙人掌 |
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本名 | はしがや ひでお(推測) |
生年月日 | |
出身 | 東京都江戸川区 |
SNS | Twitter / Instagram |
名前の由来・読み方
仙人掌と書いて「せんにんしょう」と呼びます。
仙人掌と言う時は植物のサボテンを和名表記するとこの書き方になり、それゆえ、初めて名前を見た人は彼を「サボテン」と読むことが多いですが、ラッパー・仙人掌の読み方は「せんにんしょう」です。
名前の由来はもともと組んでいたクルーの名前を引き継いだと語っています。
活動を多く共にするISSUGI、彼がラップを始めたきっかけであるBES、また彼と親交のあるJJJやC.O.S.A.ら、先輩から後輩まで彼に対する親しみを込めて、本名の「ひでお」と呼んでいるようです。
また、自身の曲である『Darlin’ feat JJJ』では
「俺はしがや、しかめっ面です」
と言うリリックがあることから、本名は「はしがや ひでお」と予想できます。
しかし、このリリックは音で聴くと
「俺はシガレットしかめっ面で吸う」
とも聞こえるので、もしかしたら単なる言葉遊びかも知れません。
生い立ち
仙人掌本人が多くのインタビューで語っている通り、東京都江戸川区出身です。
曰く、江戸川と葛飾の中間にあるエリアで育ったと語っており、その中の市営住宅で母親と暮らしていたと語っています。
幼少期に住んでいた市営住宅は、母子家庭向けの建物だったと語る仙人掌ですが、本人曰く「問題のある家庭も普通の家庭もさまざまだった」と語っており、エピソードとして近所にシンナー中毒のおばさんが住んでいて、ある日新聞記者がその家の前に集まっていたこと事により、そのおばさんが亡くなったことを知ったなど、育った環境は比較的ゲットーの模様です。
また、幼少期より近所の子供達と探偵団と称し、近所の薬品工場へ真夜中に忍び込むなどして遊んでいたと語っています。
仙人掌はそのような過酷な環境で育ったことが、ヒップホップに関心を抱くようになったきっかけの一つと述懐しており、仙人掌のシンプルで力強い、生活と地続きのヒップホップのルーツだと言うことができます。
また、父親は会社勤めをしておらず、大衆演劇の役者などをしていたと語っており、決して褒められた父親ではないとしつつも、自由な生き方を教えてくれた人物として尊敬している模様です。
ファッション
ISSUGI、BESら周囲にいるラッパーと同じく、オーバーサイズを着こなす正統派のヒップホップファッションが印象的な仙人掌です。
主に着用率が高いブランドとして、アメリカのワークウェアが原点にあるCARHARTTが挙げられます。
また、THE NORTH FACE、NEW ERAと言った定番アイテムを、あまり主張せずにサラリと着こなす抜群のセンスが印象的です。
また、もともと所属していた下北沢のクルー、DOWN NORTH CAMPを中心に、身内のデザインしたアイテムなども頻繁に着用しています。
盟友のISSUGIと共に、渋谷のブランドBACKCHANNELでモデルを務めたり、POP YOURSではWANDERMAN TOKYOのタクティカルベストとパンツで揃えているなど、正統派のヒップホップファッションに加えてギア感のあるアイテムをよく着用しているのが印象的です。
性格
先輩から後輩まで多くの人に慕われる仙人掌、その佇まいと落ち着いた話し方から非常にクールな印象を受けますが、MONJUの中では誰よりも声を張り上げており、お客さんに対して熱いアプローチをすることもあるなど、真っ直ぐな性格の模様です。
ISSUGIとは非常にスタンスが近いながらも、常に俯瞰的で冷静なISSUGIと、語りかけるような仙人掌のラップスタイルや歌詞の内容は非常に好対照な性格が表れていると言えます。
また、BESの楽曲『What’s up』の中でひょうきんな芝居を見せており、MCバトルでもユーモアのあるステージングを見せるなど、愛嬌のある一面も魅力的です。
笑うと非常に少年のような可愛らしさがあります。
ラッパーの過去・経歴
Hiphopを始めたきっかけ
仙人掌は、ヒップホップにはファッションから触れたと語っており、原体験として従兄の車で流れていたパフ・ダディが最初に触れたヒップホップだと語っています。
元々ロックを聴いていた仙人掌は、従兄の手ほどきでアメリカのヒップホップを知る中で、高校になると周囲の友達が趣味に没頭する中で、自分にとって没頭できるものはラップだと思ったことでマイクを握り始めました。
その中で大きなきっかけは、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのDELIらが主催していたイベントで群馬県出身のEELMANと言うラッパーのステージを見たことで、ネガティブをポジティブに変えることが出来るラップという表現に対する衝動が生まれた事だったと本人が語っています。
また、ラップを始める以前にISSUGI、Mr.PUGらMONJU/Dogear Recordの面々と出会っているとの事です。
ラップを始めて以降、池袋bedで活動を続けていくうちにBESと知り合ったことも、仙人掌のキャリアの上で大きな出会いであり、彼からラッパーとして多くのことを教えられたと語っています。
こうした活動を続けていくうちにMONJUを結成、DOWN NORTH CANPへの参加、そして脱退など様々な活動を経て、仙人掌はKID FRESINO、JJJ、FEBBらFla$hBuckSら若手らからも信頼される、東京のシーンにしっかりと根付き、代表するラッパーの1人としてラップし続けています。
ラップスタイル
仙人掌のラップスタイルはまさに正統派と言える、ストレートな等身大の感情、自分の視点から見た風景や心情を、自由なワードセンスで描写したリリシズム溢れるものです。
訥々と語るように真っ直ぐな感情をぶつけるそのスタイルの支持者は非常に多く、SEEDAによるコンピレーション・アルバム『CONCRETE GREEN』にも数度の参加をするなど、若いうちから頭角を表しました。
そのスタイルやMONJUのMr.PUGが主催し、また自身やMONJUの音源を多数発表しているDogear Recordの作風から、90年代のヒップホップに影響された正統派のトラックが多いことで有名です。
一方で、AbemaTVの特集『my name is』において
「オーセンティックなヒップホップとか、90年代っぽいって言われるけど、そんなつもりはない。カテゴライズされるのがキツい」
と明言しており、MU-TON&rkemishiのEPに収録された『JUNKHOOD』ではトラップ寄りのトラックの上でも自由にラップするなど、メッセージ性がはっきりしているからこそ、様々なトラックで自由にラップができる強みを持っています。
また、ISSUGIと同じく、UMB東京予選で優勝経験があるなどフリースタイルも強い事や,MONJUのメンバー全員が自身でビートメイクやDJを行うなど、総じてヒップホップの基礎体力が高いラッパーです。
所属しているレーベルやチーム
仙人掌と言えばなんと言ってもMONJUでの活動が有名ですが、MONJUそして仙人掌の経歴として避けることができないクルーがDOWN NORTH CAMPです。
下北沢から始まったこのクルーは、音源やアパレルに現在でもプレミア価格が付くなど非常に勢いのあるクルーでした。
彼らが主催した『REFUGEE MARKET』というイベントはKID FRESINOらFla$hbuckSのメンバーやC.O.S.A.と言った当時の若手のフックアップをしたことでも有名です。
また、Fight It Outらハードコア・パンクとヒップホップの混合イベントを行い、これによってC.O.S.A.がその名を世間に広く認知させたセカンドアルバム『Girl Queen』に収録される曲『WGD』や『La haine』が作成されるなど、日本語ラップにおいて非常に大きな影響を与えたグループと言えます。
ISSUGIのブログにおいて、MONJUメンバー連名でDNCからの脱退報告が行われ、ISSUGI自身も脱退についてコメントをしていますが、DNCの歴史は仙人掌が東京のシーンを代表するラッパーの1人となる上で欠かせない歴史です。
仲のいい人物
多くのラッパーから支持の厚い仙人掌、KID FRESINO、JJJと言った現在のシーンで最前線に立つラッパーにも客演を果たし、田我流ら日本語ラップの重要人物とも曲を出しています。
その中で、仙人掌を語る上で外せない人物はこの2人です。
ISSUGI(MONJU)
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ここまで何度もその名前が出てきた通り、仙人掌が所属するMONJU、そしてISSUGIは仙人掌の経歴を語る上で外せない人物と言えます。
仙人掌とは高校生の時に知り合ったそうですが、ISSUGIの家に行って曲について語り合う、MPCを叩く、ターンテーブルをスクラッチするなど、ISSUGIと出会ったことにより仙人掌のヒップホップライフが始まったと言える存在です。
2人の共通点は海外のヒップホップを正当に受け継いだ、不良自慢ではない日常生活にしっかりと結びついたリリックを紡いでいる点であり、仙人掌はISSUGIを
「ISSUGIのラップを聴いて不良になる奴はいないと思う」
と評し、そのスタンスに絶大な信頼を置いた発言を残しています。
また、ISSUGIは仙人掌について
「どう考えても言葉を扱う才能がある」
と発言し、長い関係でもいまだに仙人掌が新しいリリックを書いてくると新しい発見があると語っている通り、MONJUで活動する2人の関係は強固なものです。
BES
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SWANKEY SWIPEやSCARSの一員として、そしてハスリング・ラップの名手として日本語ラップのストリート面を体現し続けるBESは、仙人掌の師匠と言える人物の1人です。
BESが池袋bedで高校生だった仙人掌のライブを見た事から関係が始まり、BESによると仙人掌は昔からラップが上手く、とにかく喰らった、と、ただならぬ衝撃を伺わせます。
仙人掌はBESから全てを学んだと語っており、BESによってSEEDAを紹介されたことで、SEEDAのアルバム『街風』に参加したという経緯があるとの事です。
また、BESは薬物で数度の逮捕を経験していることでも有名ですが、仙人掌はBESがプライベートでどん底の時も一緒に過ごしていたと語り、並々ならぬ絆が伺えます。
オススメの音源
仙人掌/Darlin’ feat JJJ
自身のセカンドアルバム『BOY MEETS WORLD』に収録された、JJJとの1曲です。
ヒップホップを女性に比喩した奥ゆかしいリリックながら、ストレートにヒップホップへの複雑な思いを孕んだ愛情を軽快なトラックに乗せて朗々とラップしています。
両者とも多くのラッパーの名前を掲げ、愛情に満ちた一曲です。
C.O.S.A./Sunday Freestyle feat.仙人掌&JJJ
C.O.S.A.自身がキャリア最重要作としたアルバム『Cool Kids』からMVにもなった一曲。
数が少ないながらも音の1つ1つがしっかりと響くトラックの上で、屈指のリリシスト達の先陣を切って仙人掌の等身大ながらも力強い歌詞が強烈にリスナーの耳を惹きつけます。
C.O.S.A.のライブでも定番の曲ですが、仙人掌がラップし出すと会場の空気が一変するほどの静かな力強さです。
仙人掌/Monday Freestyle
SoundCloudで聴くことが出来る、友達や社会に向けたメッセージが詰まった、ヒップホップにどっぷり使った仙人掌の覚悟と優しさが如実に現れた1曲です。
社会と個人の距離感、日々の葛藤の中にポジティブな意志を見せる、仙人掌の代表曲と言えます。
闘病の末に亡くなったECD、若くしてヒップホップライフの中で命を落としたFebbの名前が呼ばれている事も非常に印象的です。
仙人掌/NeedMed
同じくSoundCloudにアップロードされているこの曲は、GradisNiceのトラックの上で仙人掌が日々の感情をラップしています。
『Monday freestyle』より、更にパーソナルな仙人掌の感情が伝わってくる曲です。
まとめ
今回は仙人掌を紹介しました。
非常に伝統的なヒップホップながら、不良性ではない生活をラップし続けるそのスタイルは、MONJUの盟友ISSUGIと並んだ孤高の存在だと言えます。
同じく普段着のラップを奏でる田我流に近いスタンスがあり、両者も仲が良いので、日本のヒップホップに興味がある方は是非1度、聴いて欲しいラッパーの1人です。